ECMの真実

・ECMの真実の位置付け
日本においては非常に貴重なECMの歴史を紐解いた本である。この本以前に、ECMという音楽レーベルの内容あるいは創始者であるManfred Eicher(マンフレート・アイヒャー)にここまで肉薄した本は日本には存在しなかった。英語と独語が理解できるリスナーのみアクセスが可能な、そんなレーベルであった。(あるいは、レコード会社からの表面的なインフォメーションのみ。)

・著者について
それもそのはず、 1943年生まれの著者である稲岡 邦彌 (いなおかくにや)氏はトリオレコード(ケンウッド資本)時代にECMレーベルと独占契約を交わし、以来10年間、レーベル・マネジャーとしてECMの販路広大に尽力。その問、洋楽部長、制作部長を歴任したキャリアの持ち主で、Manfred Eicher(マンフレート・アイヒャー)を始めとするECM所属のアーティストと直接コミュニケーションをとっていた人物である。

・本書のヴァージョン
まず本書は2つのヴァージョンが存在する。まず増補改訂版をリリースするまでの間に8年と4ヶ月の歳月を経ている。そしてページ数が91頁増えている点が違いとなる。(また装丁のカラーリングも異なっている。)なお、増補改訂版をリリースの理由はECM創立40周年を記念して、という旨が「ECMの真実 増補改訂版」内の「増補改訂版に寄せて」に著者の言葉で記されている。

1.ECMの真実
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著 者:稲岡 邦彌
形 式:単行本
頁 数:270ページ
出版社: 河出書房新社
発売日:2001年1月

2.ECMの真実 増補改訂版
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著 者:稲岡 邦彌
形 式:単行本
頁 数:361ページ
出版社: 河出書房新社
発売日:2009年5月

また目次の違いも見てみたい。
2001年に発刊した「ECMの真実」の目次は以下である。

・巻頭に寄せて
・第一部 ECMの軌跡
第1章 トーチを受けて (黎明期)
リンダウ、 ベルリン、ミュンヘン
マル・ウォルドロン
ディストリビューション
ポール・ブレイ
初プロデュース
第2章 異端としての出発 (1970年代)
ヤン・ガルバレク
ヤン・エリック・コングスハウク
デイヴ・ホランド
チック・コリア
独占契約
アンソロジー
デイヴ・リーブマン
ジョン・アバークロンビー
キース・ジャレット
スタンダーズ
第3章 新たな挑戦 (1980年代)
アート・アンサンブル・シカゴ
ジャック・ディジョネット
フォト・セッション
契約終了
コリン・ウォルコット
ドン・チェリー
ニュー・シリーズ
パット・メセニー
第4章 メディアを超えて (1990年代)
ECMと映画
『レインボー・ロータス』
・第二部 ECMの伝説
・あとがき
・写真クレジット・協力
・主要人名索引

2008年に発刊した「ECMの真実 増補改訂版」の目次は以下である。

・増補改訂版に寄せて
・巻頭に寄せて
・第一部 ECMの軌跡
第1章 トーチを受けて (黎明期)
リンダウ、 ベルリン、ミュンヘン
マル・ウォルドロン
ディストリビューション
ポール・ブレイ
初プロデュース
第2章 異端としての出発 (1970年代)
ヤン・ガルバレク
ヤン・エリック・コングスハウク
デイヴ・ホランド
チック・コリア
独占契約
アンソロジー
デイヴ・リーブマン
ジョン・アバークロンビー
キース・ジャレット
スタンダーズ
第3章 新たな挑戦 (1980年代)
アート・アンサンブル・シカゴ
ジャック・ディジョネット
フォト・セッション
契約終了
コリン・ウォルコット
ドン・チェリー
ニュー・シリーズ
パット・メセニー
第4章 メディアを超えて (1990年代)
ECMと映画
『レインボー・ロータス』
第5章 創立40周年を迎えて (2000年以降)
オスロの虹
ECMと日本(日本人)
ニュー・シリーズを総括する
創立40周年を迎えて
・第二部 ECMの伝説
・あとがき

つまりページ数が増えている主要な要因としては、
次の2点である、
1.「第5章 創立40周年を迎えて (2000年以降)」の追加
2.「第二部 ECMの伝説」におけるインタビューした関係者の追加
(具体的にはニック・ベルチュ、ステファーノ・ボラーニ、シュテファン・ミクスなど)

・追加されたテキストについて

それでは「第5章 創立40周年を迎えて (2000年以降)の詳細を見ていこうと思う。

1.「オスロの虹」
まずは著者とアイヒャーの16年ぶりの対面からテキストは始まる。アイヒャーの印象的な発言が記載されている。

2.「ECMと日本(日本人)」
その名の通り、ECMと関わった日本人が列挙され描かれている。思いの外、演奏者としては多く日本人が関わっていることわかった。ただし主にNew Seriesに偏っている印象だ。ジャズの領域では、菊池雅章が69歳という年齢でデビューに漕ぎ着けているエピソードもある。中にはシュテファン・ミクスの奥さんが日本人であることなどが記述されている。

3.「ニュー・シリーズを総括する」
こちらでは堀内宏公という音楽サイトを立ち上げたりジョン・ケージをモチーフにした本の翻訳を手がけた人物を経由してのニューシリーズの総括となっている。

・補足
また本書の内容についてミスリードをなくすために、次の定義を明らかにしていきたい。まずタイトルに使用されている「真実」という言葉。

すなわち「事実」と「真実」の定義とその違いについてまずしっかり押さえたい。出ないと本書の大前提から誤読してしまう。

事実とは、実際に起きた出来事のこと。
真実とは、その事実に対する解釈のこと。

つまり簡素化して次のように言い換えても差し支えはないだろう。

事実:客観的
真実:主観的

よってこの本は、関係者による主観的なECMの紐解きであることが、タイトルから読み取れる。その役割を十分に果たしている良書だ。あとがきにも次のような断りがしっかりと入っている。

ECMの最初期十年間に日本のレーベル・マネジャーとしてECMに深くかかわり、現在までアイヒャーと親交を結んできた人間として、私にECM三十年の歴史を振り返る仕事が巡ってきた。引き受けたものの、作業は難航をきわめた。許された紙幅に対し対象が大きすぎた。

個々のアルバムの音楽的紹介や評価は音楽誌や評論家に譲ることにし、もっぱらアイヒャーを語ることでECMを紹介することに視点を定めた。いきおい、私の個人的なかかわりの歴史が出すぎた側面は否めない。

立派な主観であり、主観的であることを著者も認識している。そうした前提に立てば、じゅうぶんな情報が入って来づらいECM Recordsの全貌あるいはマンフレート・アイヒャーの素顔をちらりと覗くことができる数少ない記録であると言える。(前述したがもちろんある視点から見た、という留保がつく。にしても一緒に仕事をした人が書いた本である。)

また第二部 「ECMの伝説」においては、アイヒャーをただ賛美するのではなく、袂を別けたアーティストやスタッフ、そしてネガティブな意見も賞賛と一緒に記載されている点が好ましい。しかしそうしたネガティブな意見もまた自身の筋を貫くプロデューサーとしての志を感じさせてくれる。

以下はマンフレート・アイヒャーの言葉の引用である。こうした言葉の延長線上に、確かにECMは位置していると、言えないだろうか。しばしば記事でも散見する言葉だが、一連の歴史を紐解いた後にこの言葉に触れるとECMを端的に表現した象徴的な言葉として、感じ入る。

見ることを欲するなら、まず耳を傾けよ。傾聴することはヴィジョンの第一歩である。

ECMの将来について語る代わりに、ヴァレリーの言葉を引用しよう。

「明晰さ以上に神秘的なものが存在するだろうか。つまり、ホレーショよ、哲学の中で夢見るものよりはるかに多くのものが天地には存在しているのだ。」

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